前代未聞の挑戦の原動力は・・・新庄剛志×松岡修造(2020年12月21日)

新庄剛志さん(48歳)は今月7日、14年ぶりのプロ野球復帰を目指し、トライアウトに挑戦しました。困難な挑戦の背景には、常に困難と成功の繰り返しだった新庄さんの野球人生が大きく関わっています。松岡修造さんがインタビューをしました。

新庄さんは2000年のオフ、突然のメジャー移籍を発表。阪神から5年12億円以上というオファーを受けたにもかかわらず、年俸2200万円で出場すらできるかわからない道に進むと、日本人選手初の4番を打つなど、見事な活躍を見せました。帰国後の2003年オフには、22年間優勝から遠ざかっていた日本ハムに入団。人気も低迷していたチームのスタジアムを満員にすれば、開幕直後にまさかの引退宣言をした2006年には、チームを日本一に導きました。

松岡修造:「僕から見るとうらやましいんです。常識を考えたら、そんなことできないよねってことばかりをしてきたから」
新庄剛志:「男のロマンというか、人がやっていないことをやりたい性格だったんですよ、昔から。それがまたたまんないんですよ。それに向かっていく自分がかっけぇなって。皆がしてないことに対して向かっていく自分にナルシストが入って。若い時はそういう考えだったと思うんですけど、最終的に行きついた言葉が『楽しむ』に変わったんだと思いました。無難な道だと面白くない。楽しい道だと無難な生活はできないけど楽しい。でも、最終的には楽しい方を選んだ方が近道なんですよね。メジャー行ってもそうなったし」

今月、トライアウトの舞台に立った新庄さんは、今回も困難な道を楽しむことで、信じられないことをやってのけました。3打席ヒットなしで迎えた、最後の4打席目。ランナー1塁2塁とチャンスの場面で、レフト前ヒットを放ちました。「6日間、オファーを待ちます」という言葉でトライアウトを終えた新庄さん。しかし、獲得したいという声はかかりませんでした。

松岡修造:「6日間という数字はどこからきました?」
新庄剛志:「“勘ピューター”ですね。6日間待って『来てくれ』って思ったんですけど、来なくて。プロ野球選手にはなれなかったんですけど、最終的には。でもそれが悔しいし、情けないし、身の程知ったし」
松岡修造:「初めて成功しなかった?」
新庄剛志:「そうです、間違いないです。僕初めてなんですけど、オーディションを受けて、成功しなかったことに対して、こんなにつらいもんなのかというのはわかりました、ものすごく」
松岡修造:「ちょっといいですか。ちょっと相当上から目線で言いますよ。『新庄、初めて人の気持ちがわかったか』」
新庄剛志:「めちゃくちゃわかりました」

14年に渡るブランクを経て、もう1度プロ野球になろうという前代未聞の挑戦をやってみて、気付かされたことがあるといいます。
新庄剛志:「やっぱりね、最終的に野球が好き、僕は野球が好きだったんですね。日本一になった、野球やめた。15年間インドネシアに住んで、インスタグラムを始めて、小学生中学生たちに野球を教えてる自分が、俺やっぱ野球好きなんだな。なんか適当にやってたイメージがあった、現役の時は。教える立場になって、僕が教えます。技術が上がる。面白いなって思っての『もう1回プロ野球選手になる』につながった。最終的には野球が好き。スポーツが好きなんでしょうね。スポーツって良くないですか。ものすごく良い。こんなに好きだったかなって思うくらいの気持ちにさせてくれました」
松岡修造:「何が今欲しいですか?」
新庄剛志:「逆境ですね。常に人生に逆境が欲しいです。もうずっと逆境が欲しい。欲しいものは今までいっぱい買えたし、手に入れて来たんですけど、逆境だけはもう一生持ち続けたい。
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